今宿 裕昭さん(太郎坊チャレンジ副実行委員長 ) 

 今回は、昨年初めて開催された太郎坊宮の石段を駆け上がるスポーツイベント「太郎坊チャレンジ」について、副実行委員長の今宿裕昭さんにお話を伺いました。(写真右)

電卓でマーケティング

 

兵庫県西宮市のご出身。高校卒業後はお父様の転勤もあり東京へ。大学卒業後は自動車メーカーに入社し、商品企画部に配属され、販売戦略や市場調査などマーケティングを学ばれました。その後、中途採用で株式会社博報堂に入社。博報堂でもマーケティング部門を担当されました。

当時はまだエクセルも普及しておらず、市場調査の結果を電卓で計算しながら数値分析をされていたとのことです。資料作成も拡大縮小コピーを繰り返し、ハサミとのりで切り貼りするという時代。今では想像しにくい手作業の積み重ねが、当時のマーケティングを支えていたと振り返られます。

社会貢献活動への転機

2011年の東日本大震災をきっかけに、2013年には朝日新聞社と協力し「ウェブベルマーク(ベルマークのWeb版)」の仕組みを立ち上げられました。

これは、インターネットを通じてベルマークを集める新しい仕組みで、ウェブベルマークのサイトを経由して楽天やYahoo!ショッピングなどの提携ネットショップで買い物をすると、購入金額に応じてポイントがたまり、その点数を応援したい学校や被災地の学校へ寄付できるというものです。

🔔 ベルマークとは?

  • ベルマークは、学校の教育設備や教材を充実させるための社会貢献活動で、1960年に朝日新聞社の提唱で始まりました。企業商品についている「ベルマーク」を集めて学校に提出すると、点数に応じて学校が必要な備品を購入できる仕組みです。

ウェブベルマークを通じて「人の役に立つ喜び」を実感された今宿さん。そこから社会貢献事業への関わりが一層活発になったと語ります。

「空き家だった祖父母の家を拠点に」──東京から滋賀へ、56歳で選んだ新しい働き方

現在の自宅兼事務所は、もともと祖父母が暮らしていた家。しばらく空き家になっていましたが、年に一度は掃除や手入れをしていたそうです。

久しぶりに訪れた地元は想像以上に住みやすく、生活の利便性も向上。近くに大好きなスターバックスができていたことも移住のきっかけの一つになったと笑顔で振り返ります。

「東京にいなければ仕事にならない時代ではなくなった」と感じ、オンラインでの打合せや資料作成を通じて、新しい働き方を実践されています。

「知られていない滋賀」を伝える側になりたいしい働き方

東京にいた頃、滋賀県のことを話しても「どこにあるの?」と聞かれることも少なくありませんでした。自然が豊かで暮らしやすい県であるにもかかわらず、全国的にはまだ知られていない──だからこそ、滋賀をもっと発信したい。そうした思いから、長年勤めた博報堂を56歳で早期退職し、自らのルーツである東近江を拠点に新しい仕事と暮らしを築くことを決意されました。

移住後に参加したクリスマスパーティーで「京都では階段を登るイベントがあるが、太郎坊の石段でもできないか」という話題が出ました。そこでステアクライミング(階段駆け上がり競技)の企画を宮司に持ち込んだところ、快諾を得て実現に至ったのが「太郎坊チャレンジ」です。

ステアクライミングは筋力だけでなく瞬発力・持久力・精神力も試される競技。昨年の優勝者は山岳スキー経験者の大人でしたが、中学生部門の優勝者とほとんど差がない記録を出し、世代を超えた挑戦が見られるのも魅力です。通常は高層ビルで行われることが多い競技ですが、歴史ある神社の石段での開催は全国的にも珍しく、大きな注目を集めています。

こども未来チケット

2年目となる今年からは新しい取り組みとして「こども未来チケット」を導入されました。これは、経済的な理由で挑戦の機会を得にくい子どもたちに、太郎坊の石段で本格的な挑戦体験を提供する寄付プロジェクトです。すべての子どもたちが夢や目標に向かって挑戦できる社会を目指しています。

詳しくはこちら → https://tarobo-challenge-kids-clean.vercel.app/

今後の展望

今年の公式練習会には長野県や愛知県など遠方からも参加者が集まりました。全国から東近江市に人が訪れることは喜ばしい一方、イベントだけで帰ってしまうのは非常にもったいないと感じています。そこで市内のホテルや銭湯、飲食店などと連携し、滞在時間を伸ばすモニターツアーを計画中です。関係人口を増やし、地域全体の魅力を感じてもらうことが今後の目標です。

太郎坊チャレンジ2025

開催日:10月12日(土)

https://tarobo-challenge.com

   
               
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